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雪景色 [我が家の庭]
1月25日 晴れ
24日の未明まで降った雪が日中になっても融けずに25日に持ち越し。
気温が上がらず寒い一日です。
撮影は CANON PowerShot S90 でした
朝日の当たるベランダの物干し竿のツララです。

日中でも北面の屋根の雪は融けません。

庭の蝋梅です


福寿草の芽は寒さのためか生長が遅いです。

例年では節分の頃には一番花が咲くのですが。
今年は開花の時期が遅れそうです。
寒さはこれからが本番のようです。
少々辛い時期であります。
では又
24日の未明まで降った雪が日中になっても融けずに25日に持ち越し。
気温が上がらず寒い一日です。
撮影は CANON PowerShot S90 でした
朝日の当たるベランダの物干し竿のツララです。
日中でも北面の屋根の雪は融けません。
庭の蝋梅です
福寿草の芽は寒さのためか生長が遅いです。
例年では節分の頃には一番花が咲くのですが。
今年は開花の時期が遅れそうです。
寒さはこれからが本番のようです。
少々辛い時期であります。
では又
タグ:雪 蝋梅 福寿草の芽
蝋梅 [我が家の庭]
1月18日
間もなく大寒。
寒さはまだまだ続きます。 すっかり出不精になってしまいました。
我が家の庭の蝋梅
満月蝋梅と申します。

花弁の先が湾曲で全体が丸みを帯び蝋梅より大振りです。

神代植物公園に行けそうにないので
昨年撮影した蝋梅を載せました。
普通に見られる蝋梅です。

花芯に赤い模様があります。
別名「唐蝋梅」(からろうばい、又は唐梅からばい)
唐蝋梅は蝋梅より花が大振りであると解説している図鑑があります。
素心蝋梅

花芯も黄色い蝋梅です。
満月蝋梅は素心蝋梅の改良園芸品種といわれています。
素心蝋梅は満月蝋梅より小振りです。

こんな蝋梅もあります。
黒花蝋梅(くろばなろうばい)

昨年神代植物公園で写しましたが
花期は4~5月頃のようです。
蝋梅や万作を写しに神代植物公園に行きたいのですが
今のところ行ける予定が立ちません。
残念ですが。
では又。
間もなく大寒。
寒さはまだまだ続きます。 すっかり出不精になってしまいました。
我が家の庭の蝋梅
満月蝋梅と申します。
花弁の先が湾曲で全体が丸みを帯び蝋梅より大振りです。
神代植物公園に行けそうにないので
昨年撮影した蝋梅を載せました。
普通に見られる蝋梅です。
花芯に赤い模様があります。
別名「唐蝋梅」(からろうばい、又は唐梅からばい)
唐蝋梅は蝋梅より花が大振りであると解説している図鑑があります。
素心蝋梅
花芯も黄色い蝋梅です。
満月蝋梅は素心蝋梅の改良園芸品種といわれています。
素心蝋梅は満月蝋梅より小振りです。
こんな蝋梅もあります。
黒花蝋梅(くろばなろうばい)
昨年神代植物公園で写しましたが
花期は4~5月頃のようです。
蝋梅や万作を写しに神代植物公園に行きたいのですが
今のところ行ける予定が立ちません。
残念ですが。
では又。
シナマンサク [井の頭恩賜公園]
正月2日にシナマンサクの下見をしました。
13日
それから10日経ったのでその様子を見に井の頭公園に行って来ました。
日和も良く、厚着をして出かけて汗ばんでしまいました。

這い寒椿 (はいかん)

枝が横に広がり立ち上がらないので「這い寒椿」通称「はいかん」と呼んでいます。

立ち寒椿

立ち上がるように生えているので「立ち寒椿」通称「たちかん」と呼んでいます。


寒椿は花弁が散り落ちるので山茶花に似ているので紛らわしいです。
井の頭池の水質浄化工事が行われて数年経ちます。
その効果が現れ始めたようで水面に鯉の姿が見えるようになりました。

10年後には池の底が見えるようになるのではと期待しています。
昭和30年代には池の底が見えましたから。
シナマンサク

気温が低い日が続いていたためでしょうか
開花しているのが3~4輪しかありません。
まだまだ蕾の方が多く、見頃はまだ先のようです。



野口雨情碑前



「鳴いてさわいで 日の暮れごろは
葦(よし)に 行々子(よしきり)
はなりゃせぬ 雨情」
では又
13日
それから10日経ったのでその様子を見に井の頭公園に行って来ました。
日和も良く、厚着をして出かけて汗ばんでしまいました。
這い寒椿 (はいかん)
枝が横に広がり立ち上がらないので「這い寒椿」通称「はいかん」と呼んでいます。
立ち寒椿
立ち上がるように生えているので「立ち寒椿」通称「たちかん」と呼んでいます。
寒椿は花弁が散り落ちるので山茶花に似ているので紛らわしいです。
井の頭池の水質浄化工事が行われて数年経ちます。
その効果が現れ始めたようで水面に鯉の姿が見えるようになりました。
10年後には池の底が見えるようになるのではと期待しています。
昭和30年代には池の底が見えましたから。
シナマンサク
気温が低い日が続いていたためでしょうか
開花しているのが3~4輪しかありません。
まだまだ蕾の方が多く、見頃はまだ先のようです。
野口雨情碑前
「鳴いてさわいで 日の暮れごろは
葦(よし)に 行々子(よしきり)
はなりゃせぬ 雨情」
では又
初詣 [井の頭恩賜公園]
井の頭公園のマンサク撮影の後
恒例により井の頭弁財天に初詣をしてきました。

「武蔵野吉祥七福神めぐり」は武蔵野商工会議所主催でまだ歴史は浅く、
今回が第6回目です。
地域柄可なり人出があり人気があるようです。
巡礼最終地が商店街近くと言うのが巧く出来ているコース設定です。
私は今年は弁財天一社のみの初詣でした。
井の頭弁財天

参詣者が行列です。

参詣の先をお急ぎになるのか「洗心手水」をなさる方は少ないです。

私は境内の裏にある七井不動堂周りの仏像を巡りました。



私の好きなお地蔵さんです。身の丈20cmほどのお地蔵さんです。
弁天池

左に見えるお寺は「大盛寺」です。
弁財天堂は大盛寺の境内に含まれて居ます。
池の北側に親之井稲荷の祠があります。



一段高いところに祠があるので、
親之井稲荷は井の頭池の地主神ではないかと私は推測しています。
調子よくここまで来ましたが
ふと、帰路の歩行に不安が沸いてきました。
途中休み休みしながら帰らなければ

何箇所か好きな休み場所がありますが、
ここが一番気に入っています。
この後も2~3箇所で休みひたすら我が家へ

近いうちにマンサクの花を撮影に又来る予定です。
では又
恒例により井の頭弁財天に初詣をしてきました。
「武蔵野吉祥七福神めぐり」は武蔵野商工会議所主催でまだ歴史は浅く、
今回が第6回目です。
地域柄可なり人出があり人気があるようです。
巡礼最終地が商店街近くと言うのが巧く出来ているコース設定です。
私は今年は弁財天一社のみの初詣でした。
井の頭弁財天
参詣者が行列です。
参詣の先をお急ぎになるのか「洗心手水」をなさる方は少ないです。
私は境内の裏にある七井不動堂周りの仏像を巡りました。
私の好きなお地蔵さんです。身の丈20cmほどのお地蔵さんです。
弁天池
左に見えるお寺は「大盛寺」です。
弁財天堂は大盛寺の境内に含まれて居ます。
池の北側に親之井稲荷の祠があります。
一段高いところに祠があるので、
親之井稲荷は井の頭池の地主神ではないかと私は推測しています。
調子よくここまで来ましたが
ふと、帰路の歩行に不安が沸いてきました。
途中休み休みしながら帰らなければ
何箇所か好きな休み場所がありますが、
ここが一番気に入っています。
この後も2~3箇所で休みひたすら我が家へ
近いうちにマンサクの花を撮影に又来る予定です。
では又
マンサクは未だかいな? [井の頭恩賜公園]
足慣らしのリハビリで井の頭公園へ
1月2日、穏やかな日和でした
毎年、年末年始カメラの仕事納めと仕事始めに井の頭公園のマンサクを写しています。
年末は行けませんでしたので、今年のマンサクの開花状況が分かりません。
どんな具合か確かめようと出かけました。
脚力が回復していないので現場に辿り着けるか不安でしたが

神田川上流です

井の頭池の周辺にモミジの紅葉樹が一本ありました

ここで暫く休息
漸くマンサクの現場へ

驚きました
毎年12月下旬には開花し始めているのに一輪も花が咲いていないのです。
このマンサクは枯葉が落ちないまま花が咲く「シナマンサク」です。
マンサクの花より少し大振りの花弁です。
漸く見つけたのが


開花が10日ほど遅いようです。気温が寒いのでしょうか。
ここでも暫く休息。
もう少し行けそうと判断し井の頭弁才天さんへ向かいました。
野草園に水仙が一輪

ここの水仙の開花も遅いです。
越前水仙

福井県から沢山の水仙が贈られて来ました。
越前では水仙祭りが行われているとか。
開花が楽しみです。
福井県の皆さん有難うございます。

お越しいただき有難うございます。
お返事のコメントをせず失礼いたしています。
次回は初詣の弁財天です。
では又
1月2日、穏やかな日和でした
毎年、年末年始カメラの仕事納めと仕事始めに井の頭公園のマンサクを写しています。
年末は行けませんでしたので、今年のマンサクの開花状況が分かりません。
どんな具合か確かめようと出かけました。
脚力が回復していないので現場に辿り着けるか不安でしたが
神田川上流です
井の頭池の周辺にモミジの紅葉樹が一本ありました
ここで暫く休息
漸くマンサクの現場へ
驚きました
毎年12月下旬には開花し始めているのに一輪も花が咲いていないのです。
このマンサクは枯葉が落ちないまま花が咲く「シナマンサク」です。
マンサクの花より少し大振りの花弁です。
漸く見つけたのが
開花が10日ほど遅いようです。気温が寒いのでしょうか。
ここでも暫く休息。
もう少し行けそうと判断し井の頭弁才天さんへ向かいました。
野草園に水仙が一輪
ここの水仙の開花も遅いです。
越前水仙
福井県から沢山の水仙が贈られて来ました。
越前では水仙祭りが行われているとか。
開花が楽しみです。
福井県の皆さん有難うございます。
お越しいただき有難うございます。
お返事のコメントをせず失礼いたしています。
次回は初詣の弁財天です。
では又
新年のご挨拶 [我が家の庭]
本年もお付き合いの程よろしく願います。
昨年末兄が他界し、妻の姉夫婦も相次いで病死し
私は12月中手術入院と言う多事多難な年を送り
新年を迎えました。
漸く通常の動きに戻りつつありリハビリがてら出発をいたします。
先ずは手始めに家の庭の花からボチボチと出発です。
元旦の初日の出は見られませんでしたが西の空には朝焼けの雲が

ローバイ

花芯まで黄色いソシンローバイより一回り大き目の花で
園芸種の「満月ローバイ」です。
緑の葉が付いたままで年を越す現象は近年のこと。通常の状態になってしまいました。
椿・侘び助


尾花

まだ数本風に揺られております。
ブルーベリーの紅葉

椿・西王母(せいおうぼ)

本日はこれまで
では又
昨年末兄が他界し、妻の姉夫婦も相次いで病死し
私は12月中手術入院と言う多事多難な年を送り
新年を迎えました。
漸く通常の動きに戻りつつありリハビリがてら出発をいたします。
先ずは手始めに家の庭の花からボチボチと出発です。
元旦の初日の出は見られませんでしたが西の空には朝焼けの雲が
ローバイ
花芯まで黄色いソシンローバイより一回り大き目の花で
園芸種の「満月ローバイ」です。
緑の葉が付いたままで年を越す現象は近年のこと。通常の状態になってしまいました。
椿・侘び助
尾花
まだ数本風に揺られております。
ブルーベリーの紅葉
椿・西王母(せいおうぼ)
本日はこれまで
では又
雁の結び文 (烏瓜の種) [我が家の庭]
11月20日 (日) 晴れ
庭では小菊が満開です。
小菊

ノコンギク


こちらもノコンギクのようですが花弁や葉の形が少し違うので
両者正確には同定できていません。
交配しないよう離れたところに植えています。
共にかって住んでいた山村から一緒に越してきました。
芙蓉の袋果

芙蓉の袋果が開くと冬本番を迎える気分となります。
一年の四季の変化がなんと早いことでしょう。
NHKの大河ドラマは来週で終わります。
そして12月の3年連続ドラマ「坂の上の雲」3回目が始まります。
このドラマは病院のベットで見ている予定です。
12月に入り直ぐに腰椎の手術入院をします。(5回目の手術なんです)
と言うことで今年のブログ更新は今回で終わります。
調子がよければ年末にご挨拶するかも知れませんが。
それで早いですがクリスマスプレゼントをご披露いたします。
雁の結び文 (烏瓜の種)

冬に北から渡る雁が文を携えてきて、春には北へ文を送るという逸話があります。
中国の漢書「蘇武伝」に
前漢時代、蘇武が匈奴に使者として行き久しく囚われていた時
蘇武から天子に宛てた手紙が雁の脚に結ばれていた、と言う故事から
消息をもたらす使いの雁、「雁書(がんしょ)」。
「雁の文」、「雁の使い」という言葉があります。 (広辞苑参照)
我が家の今年の烏瓜の種です。

文が結ばれているように見えます。
そして
「打出の小槌」の形に似ているということです。
「招福のお守り」としてお財布に入れて携帯するという風習があります。
画面から皆さんに心ばかりのプレゼントでございます。
では暫くの間ブログをお休みいたします。
皆さん良いお年をお迎えください。
いずれ又
庭では小菊が満開です。
小菊
ノコンギク
こちらもノコンギクのようですが花弁や葉の形が少し違うので
両者正確には同定できていません。
交配しないよう離れたところに植えています。
共にかって住んでいた山村から一緒に越してきました。
芙蓉の袋果
芙蓉の袋果が開くと冬本番を迎える気分となります。
一年の四季の変化がなんと早いことでしょう。
NHKの大河ドラマは来週で終わります。
そして12月の3年連続ドラマ「坂の上の雲」3回目が始まります。
このドラマは病院のベットで見ている予定です。
12月に入り直ぐに腰椎の手術入院をします。(5回目の手術なんです)
と言うことで今年のブログ更新は今回で終わります。
調子がよければ年末にご挨拶するかも知れませんが。
それで早いですがクリスマスプレゼントをご披露いたします。
雁の結び文 (烏瓜の種)
冬に北から渡る雁が文を携えてきて、春には北へ文を送るという逸話があります。
中国の漢書「蘇武伝」に
前漢時代、蘇武が匈奴に使者として行き久しく囚われていた時
蘇武から天子に宛てた手紙が雁の脚に結ばれていた、と言う故事から
消息をもたらす使いの雁、「雁書(がんしょ)」。
「雁の文」、「雁の使い」という言葉があります。 (広辞苑参照)
我が家の今年の烏瓜の種です。
文が結ばれているように見えます。
そして
「打出の小槌」の形に似ているということです。
「招福のお守り」としてお財布に入れて携帯するという風習があります。
画面から皆さんに心ばかりのプレゼントでございます。
では暫くの間ブログをお休みいたします。
皆さん良いお年をお迎えください。
いずれ又
福寿草発芽 [我が家の庭]
11月12日 (土) 晴れ 小春日和
昨日が12月の寒い雨の日でしたので余計に暑く感じます。
庭の福寿草が発芽しました。

芽を出したといっても花が咲くのは来春2月頃です。
生長の様子を楽しんでいます。
いろはさんから戴いたヤマオダマキの種も、少し気を揉ませましたが発芽しました。

来年無事に花を咲かせてくれると嬉しいのですが。
小菊の賑やかな季節となりました。
我が家でも幾種類か咲き始めました。

西王母に朝日が

西王母の花に朝日が当たる時間があります。
朝食を摂っている時に部屋から眺めますが、5分ほどで陽光は花から外れてしまいます。
実に幻想的な雰囲気なのですが
撮影するよりも食事時の慰みと心得て眺めています。

木立ダリア

お向かいのお宅の庭の木立ダリアが垣根の上に顔を出して咲いています。
以前は希少価値の珍しい花で、
神代植物公園でも3本しかなく、
この花が咲くと新聞などの記事になったもので
ダリヤ園にはこの花を楽しみに見に来られる人で賑わいました。
何時の頃からか人気の植物となり一般家庭の庭でも植えられるように普及してきたようです。
神代植物公園ダリヤ園の木立ダリヤが何時の間にか姿を消しました。
なんと、「天皇陛下〇〇記念」と言う名目で木立ダリヤは移植され
そこに「ナギ」の木が一対植樹されなした。
ナギは「凪ぎ」に通じ海上漁業安全のお守りでもあった縁起の木です。
ダリヤ園の一角に聳え立ち、見上げる姿は正に「皇帝ダリア」でした。
残念でなりません。
秋に芝生広場に木立ダリアの林が植栽されています。
人気があるからと言うことからの計画なのでしょうが
何の風情もありません。
これまた残念なことであります。
木立ダリアの呼び名は、正式には「ツリーダリア」と言うメキシコ原産のダリアです。
「キダチダリア」「コダチダリア」どちらでも良いようです。
「皇帝ダリア」の呼び名はごく最近の命名のようです。
今日はこれにて~~
では又
昨日が12月の寒い雨の日でしたので余計に暑く感じます。
庭の福寿草が発芽しました。
芽を出したといっても花が咲くのは来春2月頃です。
生長の様子を楽しんでいます。
いろはさんから戴いたヤマオダマキの種も、少し気を揉ませましたが発芽しました。
来年無事に花を咲かせてくれると嬉しいのですが。
小菊の賑やかな季節となりました。
我が家でも幾種類か咲き始めました。
西王母に朝日が
西王母の花に朝日が当たる時間があります。
朝食を摂っている時に部屋から眺めますが、5分ほどで陽光は花から外れてしまいます。
実に幻想的な雰囲気なのですが
撮影するよりも食事時の慰みと心得て眺めています。
木立ダリア
お向かいのお宅の庭の木立ダリアが垣根の上に顔を出して咲いています。
以前は希少価値の珍しい花で、
神代植物公園でも3本しかなく、
この花が咲くと新聞などの記事になったもので
ダリヤ園にはこの花を楽しみに見に来られる人で賑わいました。
何時の頃からか人気の植物となり一般家庭の庭でも植えられるように普及してきたようです。
神代植物公園ダリヤ園の木立ダリヤが何時の間にか姿を消しました。
なんと、「天皇陛下〇〇記念」と言う名目で木立ダリヤは移植され
そこに「ナギ」の木が一対植樹されなした。
ナギは「凪ぎ」に通じ海上漁業安全のお守りでもあった縁起の木です。
ダリヤ園の一角に聳え立ち、見上げる姿は正に「皇帝ダリア」でした。
残念でなりません。
秋に芝生広場に木立ダリアの林が植栽されています。
人気があるからと言うことからの計画なのでしょうが
何の風情もありません。
これまた残念なことであります。
木立ダリアの呼び名は、正式には「ツリーダリア」と言うメキシコ原産のダリアです。
「キダチダリア」「コダチダリア」どちらでも良いようです。
「皇帝ダリア」の呼び名はごく最近の命名のようです。
今日はこれにて~~
では又
神代植物公園 [神代植物公園]
11月7日 晴れのち曇り
暑いくらいの日でした。
明日から気温が平年並みの寒さになるとか。
すっかり野草撮影の機会がなく過ごしてしまいました。
ひと月前の神代植物公園の様子です。
秋のダリヤ、薔薇、野草園を見に行きました。
台風15号の後で園内がどうなっているのか心配でした。
10月10日


ダリヤ園は秋の花を綺麗に見せていました。

バラ園は日和も良く大変な人混みでした。
私は秋の薔薇が好きです。花の表情が絞まっていて気持ちが和みます。
バラ園を散策。
撮影は僅か。肉眼で脳裏に植えつけています。
まともに撮影で向き合うのは二つだけでした。
プリンセス・ミチコ

花弁の色の変化が早いのでベストの表情を捉えるタイミングが難しいです。
オールドローズコーナーの
「よろこび」

野茨系の薔薇です。
お昼のチャイムがなりました。
野草園に移動して草花を見に移動。
「タヌキマメ」がそろそろ目覚めるはず。

台風15号の影響で大木のあるところのあちらこちらで立ち入り禁止の柵がありました。
倒木を処理をしていたり、倒れる恐れのあるところでした。
もうひと月以上経っていますから様子は変わっていることでしょう。
確かめに行きたいところです。
タヌキマメ 狸豆 マメ科

この花、お昼にならないと花が開きません。
午前中は狸寝入りと言うことでしょうか。
シナノアキギリ 信濃秋桐 シソ科

花はキバナアキギリと同じ姿ですが、葉がハート形であることが特徴です。
主に信州地方に生息している花です。
アキギリ 秋桐 シソ科

中部、近畿地方が主な繁殖地ですが、
近年は西日本の植物が関東地方にも普通に育つようになりました。
温暖化の所為でしょうか。
アキチョウジ 秋丁字 シソ科

この花も西日本が主な生息地の花ですが、関東でも定着しそうです。
関東地方では
セキヤノアキチョウジが普通です。

セキヤは箱根の関所付近で発見されたところからの命名です。
シモバシラ 霜柱 シソ科

近年、低地では暖冬で真冬のシモバシラが形成されなくなったようで、
山の高地に登らないと見られなくなったようです。
十月桜

春にもう一度花を咲かせます。
冬桜

最近の神代植物公園の様子を見に行けるだろうか。
では又
暑いくらいの日でした。
明日から気温が平年並みの寒さになるとか。
すっかり野草撮影の機会がなく過ごしてしまいました。
ひと月前の神代植物公園の様子です。
秋のダリヤ、薔薇、野草園を見に行きました。
台風15号の後で園内がどうなっているのか心配でした。
10月10日
ダリヤ園は秋の花を綺麗に見せていました。
バラ園は日和も良く大変な人混みでした。
私は秋の薔薇が好きです。花の表情が絞まっていて気持ちが和みます。
バラ園を散策。
撮影は僅か。肉眼で脳裏に植えつけています。
まともに撮影で向き合うのは二つだけでした。
プリンセス・ミチコ
花弁の色の変化が早いのでベストの表情を捉えるタイミングが難しいです。
オールドローズコーナーの
「よろこび」
野茨系の薔薇です。
お昼のチャイムがなりました。
野草園に移動して草花を見に移動。
「タヌキマメ」がそろそろ目覚めるはず。
台風15号の影響で大木のあるところのあちらこちらで立ち入り禁止の柵がありました。
倒木を処理をしていたり、倒れる恐れのあるところでした。
もうひと月以上経っていますから様子は変わっていることでしょう。
確かめに行きたいところです。
タヌキマメ 狸豆 マメ科
この花、お昼にならないと花が開きません。
午前中は狸寝入りと言うことでしょうか。
シナノアキギリ 信濃秋桐 シソ科
花はキバナアキギリと同じ姿ですが、葉がハート形であることが特徴です。
主に信州地方に生息している花です。
アキギリ 秋桐 シソ科
中部、近畿地方が主な繁殖地ですが、
近年は西日本の植物が関東地方にも普通に育つようになりました。
温暖化の所為でしょうか。
アキチョウジ 秋丁字 シソ科
この花も西日本が主な生息地の花ですが、関東でも定着しそうです。
関東地方では
セキヤノアキチョウジが普通です。
セキヤは箱根の関所付近で発見されたところからの命名です。
シモバシラ 霜柱 シソ科
近年、低地では暖冬で真冬のシモバシラが形成されなくなったようで、
山の高地に登らないと見られなくなったようです。
十月桜
春にもう一度花を咲かせます。
冬桜
最近の神代植物公園の様子を見に行けるだろうか。
では又
京都・左京区下鴨神社 [旅行]
11月2日 晴れて暖かい日が続いています。
駅前には早くもクリスマスツリーや歳末のイルミネーションが灯されました。
京都旅行最終日の後半です。
記録のカメラは相変わらず コンデジCanon PowerShot S90 です。
10月4日、昼近く
上賀茂神社前からバスで下鴨神社前に。
ここに来ると定番「鯖寿司」を食するようです。
平安時代、若狭小浜の鯖が若狭街道の宿場、宿場を通り朝廷に献上されていたとのこと。
江戸時代には若狭街道18里(約72Km)を一昼夜かけて京都に運ばれていた由。
若狭街道はいつしか「鯖街道」と呼ばれるようになりました。
老舗 「鯖街道 某鯖寿し下鴨店」で昼食。
鯖寿しは三切れ。
これで腹の足しになるのかと思いながら食すると十分な腹応え。
そして目的の下鴨神社へ
所々の解説は前回同様神社の縁起由来書などを参照しています。



加茂川と高野川に挟まれた地形で、
原生林に囲まれた境内は
明るい上賀茂神社とは異なる木漏れ日の明かりの佇まい。
御祭神は「加茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)」
古代の京都をひらかれ、京都の守護神として祀られ国家の安泰を祈願する神様です。
もう御一方の御祭神は「玉依媛命(たまよりひめのみこと)」
縁結び、安産、子育ての神様として信仰されています。
玉依媛命は上賀茂神社の祭神「別雷命」の母であることから
下鴨神社は「加茂御祖(みおや)神社」と呼ばれています。
薄暗い境内は神代の時代を徘徊しているような錯覚を覚えました。

さざれ石

「砂子長じて巌(いわを)となる」
古今和歌集の「わが君は千代に八千代にさざれ石の~~」
このさざれ石を詠んだものかどうかは確証はありませんが、不思議な石であります。
国歌はこの歌を引用して「君が代は千代に八千代に~~」と作られたものです。
「君が代」を国歌として制定される前に公教育学校では「君が代は」は「わが君は」と言うことで
即「天皇を指すものではない」と強調して説得されました。
一首の和歌が政治的に利用された例です。
万葉集においても太平洋戦争時代、国策の戦意高揚の一つとして利用されました。
巻十八 4094の長歌の一節の「海行かば水漬く屍 山行かば草生(むす)屍 大王の辺にこそ死なめ顧みは せじ」
が国難に立ち向かう臣民の心構えと教え込まれ歌われていました。
相生社・連理の賢木(れんりのさかき)

えんむすびのお社。鴨の七不思議の一つ

三本の榊のうち2本が中ほどで繋がっています。
縁結びのシンボルとなっています。
言 社(えとのお社)

大国主命は七つの名前があり、その名前ごとに神社が祀られています。
この後ろに東西二社の本殿があり
西本殿に加茂建角身命、東本殿に玉依媛命が祀られています。
東西本殿は国宝です。
御神木

みたらし川の水あわ

鴨の七不思議の一つ。
池から湧く水の泡をかたどり「みたらし団子」が作られたという。
みたらし団子発祥の地。

この辺りで私の足がギブアップ。
お休み処に一人で待避。
女房殿と娘の見物の終わるのを待ちました。


この地で「みたらし団子」を戴くのも記念になるかと思いましたが、
ここでしか口に出来ないものをと
下鴨神社名物と言う「申餅」を所望。
申餅

小豆の茹で汁で挽いたお餅を葵祭りの申の日に神前にお供えされ、
「葵祭りの申餅」と呼ばれたとか。
140年ぶりに復元された由。
お茶椀には葵の御神紋が。

葵

足の疲れが少し癒え、そろそろ京都駅に行く時間なのでバス停へ。

昔の京都駅の風景が懐かしい変貌振り。
仕方が無いことです。
私は新幹線の待合室へ。
女性軍は宿から配送した荷物を受け取りながら最後の買い物。
待合室に入ると「危険物処理のため列車が遅れています」のアナウンス。
何事であろうと心配していると
暫くしてのアナウンス
「架線にビニールの障害物があり、撤去のため一部の列車に遅れが生じております」
当初の「危険物処理~~」には驚きでした。
路線がどうなっているのか素人には分かりませんが
先に来る列車が遅れていて、
私たちが乗る列車は定時に到着。

予定通りの東京駅到着でした。
以上、この度の我が家の京都旅行でありました。
長々のお付き合いありがとうございました。
では又
駅前には早くもクリスマスツリーや歳末のイルミネーションが灯されました。
京都旅行最終日の後半です。
記録のカメラは相変わらず コンデジCanon PowerShot S90 です。
10月4日、昼近く
上賀茂神社前からバスで下鴨神社前に。
ここに来ると定番「鯖寿司」を食するようです。
平安時代、若狭小浜の鯖が若狭街道の宿場、宿場を通り朝廷に献上されていたとのこと。
江戸時代には若狭街道18里(約72Km)を一昼夜かけて京都に運ばれていた由。
若狭街道はいつしか「鯖街道」と呼ばれるようになりました。
老舗 「鯖街道 某鯖寿し下鴨店」で昼食。
鯖寿しは三切れ。
これで腹の足しになるのかと思いながら食すると十分な腹応え。
そして目的の下鴨神社へ
所々の解説は前回同様神社の縁起由来書などを参照しています。
加茂川と高野川に挟まれた地形で、
原生林に囲まれた境内は
明るい上賀茂神社とは異なる木漏れ日の明かりの佇まい。
御祭神は「加茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)」
古代の京都をひらかれ、京都の守護神として祀られ国家の安泰を祈願する神様です。
もう御一方の御祭神は「玉依媛命(たまよりひめのみこと)」
縁結び、安産、子育ての神様として信仰されています。
玉依媛命は上賀茂神社の祭神「別雷命」の母であることから
下鴨神社は「加茂御祖(みおや)神社」と呼ばれています。
薄暗い境内は神代の時代を徘徊しているような錯覚を覚えました。
さざれ石
「砂子長じて巌(いわを)となる」
古今和歌集の「わが君は千代に八千代にさざれ石の~~」
このさざれ石を詠んだものかどうかは確証はありませんが、不思議な石であります。
国歌はこの歌を引用して「君が代は千代に八千代に~~」と作られたものです。
「君が代」を国歌として制定される前に公教育学校では「君が代は」は「わが君は」と言うことで
即「天皇を指すものではない」と強調して説得されました。
一首の和歌が政治的に利用された例です。
万葉集においても太平洋戦争時代、国策の戦意高揚の一つとして利用されました。
巻十八 4094の長歌の一節の「海行かば水漬く屍 山行かば草生(むす)屍 大王の辺にこそ死なめ顧みは せじ」
が国難に立ち向かう臣民の心構えと教え込まれ歌われていました。
相生社・連理の賢木(れんりのさかき)
えんむすびのお社。鴨の七不思議の一つ
三本の榊のうち2本が中ほどで繋がっています。
縁結びのシンボルとなっています。
言 社(えとのお社)
大国主命は七つの名前があり、その名前ごとに神社が祀られています。
この後ろに東西二社の本殿があり
西本殿に加茂建角身命、東本殿に玉依媛命が祀られています。
東西本殿は国宝です。
御神木
みたらし川の水あわ
鴨の七不思議の一つ。
池から湧く水の泡をかたどり「みたらし団子」が作られたという。
みたらし団子発祥の地。
この辺りで私の足がギブアップ。
お休み処に一人で待避。
女房殿と娘の見物の終わるのを待ちました。
この地で「みたらし団子」を戴くのも記念になるかと思いましたが、
ここでしか口に出来ないものをと
下鴨神社名物と言う「申餅」を所望。
申餅
小豆の茹で汁で挽いたお餅を葵祭りの申の日に神前にお供えされ、
「葵祭りの申餅」と呼ばれたとか。
140年ぶりに復元された由。
お茶椀には葵の御神紋が。
葵
足の疲れが少し癒え、そろそろ京都駅に行く時間なのでバス停へ。
昔の京都駅の風景が懐かしい変貌振り。
仕方が無いことです。
私は新幹線の待合室へ。
女性軍は宿から配送した荷物を受け取りながら最後の買い物。
待合室に入ると「危険物処理のため列車が遅れています」のアナウンス。
何事であろうと心配していると
暫くしてのアナウンス
「架線にビニールの障害物があり、撤去のため一部の列車に遅れが生じております」
当初の「危険物処理~~」には驚きでした。
路線がどうなっているのか素人には分かりませんが
先に来る列車が遅れていて、
私たちが乗る列車は定時に到着。
予定通りの東京駅到着でした。
以上、この度の我が家の京都旅行でありました。
長々のお付き合いありがとうございました。
では又
京都・北山上加茂神社 [旅行]
京都旅行の最終日(10月4日)
宿を出て先ずは知恩院へ。
私の本家が浄土宗のお寺の檀家なので京都へ来たときは御影堂で参詣をしています。

今年は法然上人800年大遠忌の年。
3月に行われる予定の法要が、3.11の大震災で延期となり
10月に法要が行われました。
そのため信者さんの団体のバスが次々と到着。

交通整理のためか山門は通れず脇道から御影堂へ。

京都見物最終日はバス一日乗車券を使っての見物。

知恩院前から北山・上賀茂神社へ。

以下の解説文は神社の縁起パンフ等から引用略記しました。
二の鳥居

細殿前に「立砂(たちすな)」

「細殿」は重要文化財(重文)
宇治上神社の境内にあった「清め砂」と同じ形ですが、
こちらは「神様の憑代(よりしろ)」 神様が降臨される目印の役目をしています。
上賀茂神社の御祭神は「加茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)」
神代の昔、神様が本殿の北北西にある神山(こうやま)に御降臨になり
その神様が本殿に鎮座される時の道標と言うことです。
楼門

楼門を潜ります。
片山御子(かたやまみこ)神社・(片岡社)

御祭神は玉依比売命(たまよりひめのみこと)
紫式部も度々参詣に訪れたという神社です。
やはり重文です。
境内には重文の建築物が多数あります。

良縁、子宝、家運繁栄、家族円満などなどご利益満載の神様です。
本殿

国宝です。
祭神「別雷神(わけいかずちのかみ)」は自然神なので御神体は置かれていません。
「加茂別雷神社」が正式の名です。
双葉葵は御神紋です。
5月15日の加茂祭には神前に葵を献じ、社殿に葵を飾り、
奉仕員も葵を着けるので通称「葵祭り」と呼んでいます。
本殿の隣りに「権殿(ごんでん)」があります。これも国宝。
その権殿に昇殿し、神職から上賀茂神社の由緒などを拝聴、
その後本殿前に導かれて拝殿。
何となく荘厳な空気に触れたような気分でした。

本殿は今檜皮屋根の葺き替え工事中で覆いが巡らされていました。

ここで既にお昼近くになり、バスで下鴨神社へ。
今日はここ迄
次回最終回です。
では又
宿を出て先ずは知恩院へ。
私の本家が浄土宗のお寺の檀家なので京都へ来たときは御影堂で参詣をしています。
今年は法然上人800年大遠忌の年。
3月に行われる予定の法要が、3.11の大震災で延期となり
10月に法要が行われました。
そのため信者さんの団体のバスが次々と到着。
交通整理のためか山門は通れず脇道から御影堂へ。
京都見物最終日はバス一日乗車券を使っての見物。
知恩院前から北山・上賀茂神社へ。
以下の解説文は神社の縁起パンフ等から引用略記しました。
二の鳥居
細殿前に「立砂(たちすな)」
「細殿」は重要文化財(重文)
宇治上神社の境内にあった「清め砂」と同じ形ですが、
こちらは「神様の憑代(よりしろ)」 神様が降臨される目印の役目をしています。
上賀茂神社の御祭神は「加茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)」
神代の昔、神様が本殿の北北西にある神山(こうやま)に御降臨になり
その神様が本殿に鎮座される時の道標と言うことです。
楼門
楼門を潜ります。
片山御子(かたやまみこ)神社・(片岡社)
御祭神は玉依比売命(たまよりひめのみこと)
紫式部も度々参詣に訪れたという神社です。
やはり重文です。
境内には重文の建築物が多数あります。
良縁、子宝、家運繁栄、家族円満などなどご利益満載の神様です。
本殿
国宝です。
祭神「別雷神(わけいかずちのかみ)」は自然神なので御神体は置かれていません。
「加茂別雷神社」が正式の名です。
双葉葵は御神紋です。
5月15日の加茂祭には神前に葵を献じ、社殿に葵を飾り、
奉仕員も葵を着けるので通称「葵祭り」と呼んでいます。
本殿の隣りに「権殿(ごんでん)」があります。これも国宝。
その権殿に昇殿し、神職から上賀茂神社の由緒などを拝聴、
その後本殿前に導かれて拝殿。
何となく荘厳な空気に触れたような気分でした。
本殿は今檜皮屋根の葺き替え工事中で覆いが巡らされていました。
ここで既にお昼近くになり、バスで下鴨神社へ。
今日はここ迄
次回最終回です。
では又
京都・左京区曼殊院門跡 [旅行]
10月25日 (火) 晴れ
日中夏日の気温。明朝は急激に気温低下という予報。
さて、寂光院後運転手さんが案内する曼殊院へ。
大原の里を去り左京区へ。東山方面に原生林が見られる。
曼殊院門跡(まんしゅいんもんぜき)

左京区一乗寺竹之内町
伝教大師の草創(八世紀)に始まる名刹。
明暦2年(1656)修学院離宮近く、現在地に移され造営された。
江戸時代初期の代表的書院建築で、桂離宮の様式と関連が深いという由。

内部は撮影禁止。ご紹介できないが、襖絵、障壁画、茶所、欄間、杉木戸、七宝の釘隠し等など
興味深いものでありました。
庭園は撮影O.K.





曼殊院を退出して、今夜の宿へ。
タクシーは八坂神社近くの祇園の旅館近くに到着。
観光タクシー予約時間の6時間ぴたり。「さすがプロだ!!」と幼稚な感嘆。
宿に入るのはまだ早いようなので喫茶店で一休みしようかとお店を探すが
何故か臨時休業の店が多い。
何が理由かと思いながら八坂神社方面に向かうと

祇園温習会の催し。
舞妓さん、芸妓さん、おかみさん(と言うのかな?)、御贔屓さんなどが賑やかに。
これで臨時休業のお店が多かったのかなと勝手な想像。
八坂神社境内を見物しながら祇園の旅館に少し早いが入りました。
少々疲れが溜まり始めました。
4日、今回の旅行の最終日です。
朝食。

正座が出来ないので座敷にテーブルを設えて貰いました。
細い路地の奥に建物があるのでその様子を写そうとすると
仲居さんが「皆さんの揃ったところを撮りましょうか」と
せっかくのお気遣いに「ではおねがいします」 と

手荷物類は宿から京都駅新幹線の預かり所に配送してもらい、
身軽に最終日の行動開始です。
続きます。
では又。
日中夏日の気温。明朝は急激に気温低下という予報。
さて、寂光院後運転手さんが案内する曼殊院へ。
大原の里を去り左京区へ。東山方面に原生林が見られる。
曼殊院門跡(まんしゅいんもんぜき)
左京区一乗寺竹之内町
伝教大師の草創(八世紀)に始まる名刹。
明暦2年(1656)修学院離宮近く、現在地に移され造営された。
江戸時代初期の代表的書院建築で、桂離宮の様式と関連が深いという由。
内部は撮影禁止。ご紹介できないが、襖絵、障壁画、茶所、欄間、杉木戸、七宝の釘隠し等など
興味深いものでありました。
庭園は撮影O.K.
曼殊院を退出して、今夜の宿へ。
タクシーは八坂神社近くの祇園の旅館近くに到着。
観光タクシー予約時間の6時間ぴたり。「さすがプロだ!!」と幼稚な感嘆。
宿に入るのはまだ早いようなので喫茶店で一休みしようかとお店を探すが
何故か臨時休業の店が多い。
何が理由かと思いながら八坂神社方面に向かうと
祇園温習会の催し。
舞妓さん、芸妓さん、おかみさん(と言うのかな?)、御贔屓さんなどが賑やかに。
これで臨時休業のお店が多かったのかなと勝手な想像。
八坂神社境内を見物しながら祇園の旅館に少し早いが入りました。
少々疲れが溜まり始めました。
4日、今回の旅行の最終日です。
朝食。
正座が出来ないので座敷にテーブルを設えて貰いました。
細い路地の奥に建物があるのでその様子を写そうとすると
仲居さんが「皆さんの揃ったところを撮りましょうか」と
せっかくのお気遣いに「ではおねがいします」 と
手荷物類は宿から京都駅新幹線の預かり所に配送してもらい、
身軽に最終日の行動開始です。
続きます。
では又。
京都・大原寂光院 [旅行]
10月23日
9月の陽気と11月の寒さが行ったり来たりです。
庭の花 西王母(せいおうぼ)
おんぶに抱っこの花付きです。22日雨が降っていました。

京都・大原寂光院に案内されました。
寂光院は天台宗の尼寺。
略縁起によると、推古二年(594)聖徳太子が父用明天皇の菩提を弔うために建立された寺。
本尊は六万体地蔵尊(重要文化財指定)
平成12年(2000)5月9日に放火とも言われる不審火で本堂火災。
本尊地蔵尊は損傷され収蔵庫に安置され、
復元された本尊が本堂に安置されています。
建礼門院徳子大原西稜

第三代比丘尼・建礼門院徳子は高倉天皇の御后であり、
安徳天皇のご生母であることから御陵は宮内庁の管轄になっています。

この石段は一寸行き返りが大変なので眺めるだけにして
本堂へ


運転手さんに気遣いされ、励まされて石段を上る。

本堂

火災の原因が放火なのか、不審火なのか明らかにされていない。

御神木・千年姫小松
庭園西は平家物語当時の姿其の侭であるとか。
御神木は本堂火災により傷み、平成16年(2004)枯死したとのこと。
樹齢千年の名木と言われていました。
一層哀れを感じます。
高校生・大学生時代に平家物語を読んでいた(文字を眺めていたが実情)ので
一度は訪れたいと夢みていたので感動の一場面でありました。


建礼門院御庵室遺跡

近くには入れませんが、庵室は極めて質素な雨露を防ぐ程度の庵で
生涯を平家一門、わが子安徳天皇の菩提を弔い終生この地で過ごされたという。
一番の心に残る参詣、お庭拝見の寺院でありました。
運転手さんが「お約束のお時間までまだ余裕がありますから、もう一箇所ご案内しましょう」
と言うことで
左京区一乗寺竹之内の曼殊院門跡へ。
続きます
では又
9月の陽気と11月の寒さが行ったり来たりです。
庭の花 西王母(せいおうぼ)
おんぶに抱っこの花付きです。22日雨が降っていました。
京都・大原寂光院に案内されました。
寂光院は天台宗の尼寺。
略縁起によると、推古二年(594)聖徳太子が父用明天皇の菩提を弔うために建立された寺。
本尊は六万体地蔵尊(重要文化財指定)
平成12年(2000)5月9日に放火とも言われる不審火で本堂火災。
本尊地蔵尊は損傷され収蔵庫に安置され、
復元された本尊が本堂に安置されています。
建礼門院徳子大原西稜
第三代比丘尼・建礼門院徳子は高倉天皇の御后であり、
安徳天皇のご生母であることから御陵は宮内庁の管轄になっています。
この石段は一寸行き返りが大変なので眺めるだけにして
本堂へ
運転手さんに気遣いされ、励まされて石段を上る。
本堂
火災の原因が放火なのか、不審火なのか明らかにされていない。
御神木・千年姫小松
庭園西は平家物語当時の姿其の侭であるとか。
御神木は本堂火災により傷み、平成16年(2004)枯死したとのこと。
樹齢千年の名木と言われていました。
一層哀れを感じます。
高校生・大学生時代に平家物語を読んでいた(文字を眺めていたが実情)ので
一度は訪れたいと夢みていたので感動の一場面でありました。
建礼門院御庵室遺跡
近くには入れませんが、庵室は極めて質素な雨露を防ぐ程度の庵で
生涯を平家一門、わが子安徳天皇の菩提を弔い終生この地で過ごされたという。
一番の心に残る参詣、お庭拝見の寺院でありました。
運転手さんが「お約束のお時間までまだ余裕がありますから、もう一箇所ご案内しましょう」
と言うことで
左京区一乗寺竹之内の曼殊院門跡へ。
続きます
では又
2011-10-23 11:39
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京都・大原宝泉院『額縁庭園』 [旅行]
10月20日 (木) 曇り 寒い日です。
庭の「アキチョウジ」が開花しました。

本来西日本の植物ですが、数年前に園芸店で苗を見つけ珍しいので求めました。
どうやら定着したようです。
関東地方では「セキヤノアキチョウジ」が普通です。
南の蝶が関東地方で見られるのと同じように
西日本の植物が北上してきているということの兆しでしょうか。
京都・大原の続きです。
カメラは、コンデジ Canon PowerShot S90 です。
三千院を拝見したところで運転手さんが
「お茶を戴きながら庭園を拝見いたしましょう」と言うことで案内に従い
三千院に隣接する宝泉院へ

実光院前を通り、突き当たりに勝林院があります。


宝泉院も実光院も勝林院の子寺だそうで、何れも名園を見られるそうです。

案内してくれたのは

宝泉院

運転手さんが院内を案内、庭の見所など解説してくれました。

五葉松の古木
「額縁庭園」

客殿の西、柱と柱の空間からの鑑賞がお勧めとか。
こちらの庭は「盤桓園」と呼ばれ、「立ち去りがたい庭」と言う意味だそうです。
紅葉シーズンでは「こうした空間は見られない」とか。

この赤座布団の位置からが最高だそうですが、そこには一般の客は座れないようです。
お抹茶


こちらから見るお庭は「鶴亀庭園」
池の形が鶴、築山が亀、山茶花の古木を蓬莱山に見立てた庭ですが
お茶を戴く方に気を取られて撮影し損ないました。

12時少し前、まだ空腹を感じていませんがお店が混んでいない間にと昼食。


「これが大原の里か」と暫し眺めるひと時でした。

どうしても観光地ではお買い物が度重なります。

既に片手にお土産が
荷物が増えるのを心配していますが「タクシーのトランクに納めるから大丈夫」という。
運転手さんが「そろそろ次に移動しましょうか」と
午後の目的地は寂光院です。

続きます。
では又
庭の「アキチョウジ」が開花しました。
本来西日本の植物ですが、数年前に園芸店で苗を見つけ珍しいので求めました。
どうやら定着したようです。
関東地方では「セキヤノアキチョウジ」が普通です。
南の蝶が関東地方で見られるのと同じように
西日本の植物が北上してきているということの兆しでしょうか。
京都・大原の続きです。
カメラは、コンデジ Canon PowerShot S90 です。
三千院を拝見したところで運転手さんが
「お茶を戴きながら庭園を拝見いたしましょう」と言うことで案内に従い
三千院に隣接する宝泉院へ
実光院前を通り、突き当たりに勝林院があります。
宝泉院も実光院も勝林院の子寺だそうで、何れも名園を見られるそうです。
案内してくれたのは
宝泉院
運転手さんが院内を案内、庭の見所など解説してくれました。
五葉松の古木
「額縁庭園」
客殿の西、柱と柱の空間からの鑑賞がお勧めとか。
こちらの庭は「盤桓園」と呼ばれ、「立ち去りがたい庭」と言う意味だそうです。
紅葉シーズンでは「こうした空間は見られない」とか。
この赤座布団の位置からが最高だそうですが、そこには一般の客は座れないようです。
お抹茶
こちらから見るお庭は「鶴亀庭園」
池の形が鶴、築山が亀、山茶花の古木を蓬莱山に見立てた庭ですが
お茶を戴く方に気を取られて撮影し損ないました。
12時少し前、まだ空腹を感じていませんがお店が混んでいない間にと昼食。
「これが大原の里か」と暫し眺めるひと時でした。
どうしても観光地ではお買い物が度重なります。
既に片手にお土産が
荷物が増えるのを心配していますが「タクシーのトランクに納めるから大丈夫」という。
運転手さんが「そろそろ次に移動しましょうか」と
午後の目的地は寂光院です。
続きます。
では又
2011-10-20 16:59
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京都・大原三千院 [旅行]
10月18日
京都見物の続きです
大原に行ったことが無いので今回の旅のメインです。
観光タクシー6時間を予約して見物しました。
三千院と寂光院の二箇所は是非行きたいという希望で
後はタクシーの運転手さんお勧めのところを、と言うことで9時半ホテルを出発。
「6時間で午前2箇所、午後2箇所。丁度良い旅程ですね。」とのこと。
時期的にも良かった由。
紅葉の時期はものすごい人波でタクシーでも通るのもやっととか。
とても「京都大原三千院 恋に疲れた~~~~」などの雰囲気は味わえないそうです。
まだ緑濃い風景ですが紅葉をイメージしての見物も良いものです。
観光の人も少なく静かな雅を味わえるのでは、ということ。
タクシーは門前まで入れます。大型バスは駐車場から門前まで可なり歩くそうで
私の脚力不自由体調も予約時に運転手さんに伝えられていて、歩行に気遣いをしてくれました。
大原の里

これまでテレビなどでしか見たことの無い風景です。
三千院

門柱の側にシュウメイギクが咲いていました。
秋明菊 キンポウゲ科

シュウメイギクの本種です。
京都貴船地区に多く生えていたので「貴船菊」とも呼ばれています。





三千院の庭園を鑑賞してその後に運転手さんが
「お茶を戴きながら額縁庭園を鑑賞してみましょう」と案内してくれました。

今日はここまで
続きます
では又
京都見物の続きです
大原に行ったことが無いので今回の旅のメインです。
観光タクシー6時間を予約して見物しました。
三千院と寂光院の二箇所は是非行きたいという希望で
後はタクシーの運転手さんお勧めのところを、と言うことで9時半ホテルを出発。
「6時間で午前2箇所、午後2箇所。丁度良い旅程ですね。」とのこと。
時期的にも良かった由。
紅葉の時期はものすごい人波でタクシーでも通るのもやっととか。
とても「京都大原三千院 恋に疲れた~~~~」などの雰囲気は味わえないそうです。
まだ緑濃い風景ですが紅葉をイメージしての見物も良いものです。
観光の人も少なく静かな雅を味わえるのでは、ということ。
タクシーは門前まで入れます。大型バスは駐車場から門前まで可なり歩くそうで
私の脚力不自由体調も予約時に運転手さんに伝えられていて、歩行に気遣いをしてくれました。
大原の里
これまでテレビなどでしか見たことの無い風景です。
三千院
門柱の側にシュウメイギクが咲いていました。
秋明菊 キンポウゲ科
シュウメイギクの本種です。
京都貴船地区に多く生えていたので「貴船菊」とも呼ばれています。
三千院の庭園を鑑賞してその後に運転手さんが
「お茶を戴きながら額縁庭園を鑑賞してみましょう」と案内してくれました。
今日はここまで
続きます
では又
2011-10-12
国宝宇治上神社 [旅行]
10月11日
京都旅行1日目の続きです。
世界遺産平等院、阿弥陀様に接し、想像以上の感動を受けました。
紅葉シーズン前の程ほどの人出で静けさが風景を楽しませてくれたもののようです。
次の目的場所は
これも世界遺産・国宝宇治上神社です。
宇治川に架かる「たちばなばし」を渡り


宇治川の中ノ島を中継して
朝霧橋を渡り対岸の宇治上神社へ




神社拝殿前に砂山があります。
他の神社では神様の依代(よりしろ)として砂山が設けられていますが、
ここでは「お清め」として砂山が設けられています。
八朔祭(9月1日)に氏子さんによって奉納され、
お正月やお祭りの際に境内に砂を撒き散らし清めるのだそうです。
源氏物語ミュージアム

館内は撮影禁止なのでパンフレットのみ。
源氏物語・宇治十帖縁の地として平成10年に開館された施設です。
平等院、宇治茶に加えて新名所を企画したものでしょうか。
3時間半ほど歩きました。
疲れました。
喫茶店で小休止。

それにしても宇治はお茶の産地とはいえ
団子、蕎麦、うどん、アイスクリーム、何から何まで「お茶尽くし」。
参道はお茶屋さんがずらりと並んでいました。
JR宇治駅前には

茶壷のポストが。

黄昏の京都駅に戻り宿へ。

京都タワーが出来る前から訪れていますが、
このタワーが出現した時は「何という異物が?」と
驚きや呆れ返った記憶がありますが、
今は京都のシンボルのようなもののようです。
しかし、やはり馴染めません。
宿は四条河原町の某ホテルでした。
二日目は大原の里へ
続きます
では又
京都旅行1日目の続きです。
世界遺産平等院、阿弥陀様に接し、想像以上の感動を受けました。
紅葉シーズン前の程ほどの人出で静けさが風景を楽しませてくれたもののようです。
次の目的場所は
これも世界遺産・国宝宇治上神社です。
宇治川に架かる「たちばなばし」を渡り
宇治川の中ノ島を中継して
朝霧橋を渡り対岸の宇治上神社へ
神社拝殿前に砂山があります。
他の神社では神様の依代(よりしろ)として砂山が設けられていますが、
ここでは「お清め」として砂山が設けられています。
八朔祭(9月1日)に氏子さんによって奉納され、
お正月やお祭りの際に境内に砂を撒き散らし清めるのだそうです。
源氏物語ミュージアム
館内は撮影禁止なのでパンフレットのみ。
源氏物語・宇治十帖縁の地として平成10年に開館された施設です。
平等院、宇治茶に加えて新名所を企画したものでしょうか。
3時間半ほど歩きました。
疲れました。
喫茶店で小休止。
それにしても宇治はお茶の産地とはいえ
団子、蕎麦、うどん、アイスクリーム、何から何まで「お茶尽くし」。
参道はお茶屋さんがずらりと並んでいました。
JR宇治駅前には
茶壷のポストが。
黄昏の京都駅に戻り宿へ。
京都タワーが出来る前から訪れていますが、
このタワーが出現した時は「何という異物が?」と
驚きや呆れ返った記憶がありますが、
今は京都のシンボルのようなもののようです。
しかし、やはり馴染めません。
宿は四条河原町の某ホテルでした。
二日目は大原の里へ
続きます
では又
宇治・平等院 [旅行]
10月9日 (日) 晴れ
10月2~4日、7年振りに京都見物に行って来ました。
恒例により、娘観光部長で旅行の手配、旅先の先導・案内役。妻財政出納室長。
私は記録係員の旅であります。
今回は未だ行った事の無いところを見物してきました。
携帯したカメラはコンデジCanon PowerShot S90 でした。
2日
一日目は宇治平等院へ
東京駅

折り返しの列車を待っています。

JR宇治駅

11時半頃に到着

宇治川

千利休はお茶を点てるためのお水を、うじ橋の中央から宇治川の水を汲み用いたそうです。


毎日のように十円硬貨の裏に触れているだけの平等院。

現実に拝見できるのに少々興奮気味でした。
先ずは腹ごしらえを



拝観は30分ごとの人数制限の入場でした。

平成の大修理が2007年に終り、復元は古いままの状態で残されています。
時の流れを感じさせる雰囲気でした。

8日の新聞に、今回の大修理で阿弥陀如来座像の台座からガラス片に金箔のキリカネ細工がなされた断片が発見され、確認されたと7日に発表され、
8日から境内のミュウジアムで公開されるという記事がありました。
数日遅く来たら見られたはずでした。
院内は撮影禁止です。

名残惜しいですが次の場所へ
続きます。
では又
10月2~4日、7年振りに京都見物に行って来ました。
恒例により、娘観光部長で旅行の手配、旅先の先導・案内役。妻財政出納室長。
私は記録係員の旅であります。
今回は未だ行った事の無いところを見物してきました。
携帯したカメラはコンデジCanon PowerShot S90 でした。
2日
一日目は宇治平等院へ
東京駅
折り返しの列車を待っています。
JR宇治駅
11時半頃に到着
宇治川
千利休はお茶を点てるためのお水を、うじ橋の中央から宇治川の水を汲み用いたそうです。
毎日のように十円硬貨の裏に触れているだけの平等院。
現実に拝見できるのに少々興奮気味でした。
先ずは腹ごしらえを
拝観は30分ごとの人数制限の入場でした。
平成の大修理が2007年に終り、復元は古いままの状態で残されています。
時の流れを感じさせる雰囲気でした。
8日の新聞に、今回の大修理で阿弥陀如来座像の台座からガラス片に金箔のキリカネ細工がなされた断片が発見され、確認されたと7日に発表され、
8日から境内のミュウジアムで公開されるという記事がありました。
数日遅く来たら見られたはずでした。
院内は撮影禁止です。
名残惜しいですが次の場所へ
続きます。
では又
町内の文化祭に写真展参加 [つぶやき]
東京都井の頭自然文化園 [井の頭恩賜公園]
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